標高190センチメートル

190cmの世界一周旅行記、写真10万枚、ブックレビュー、コラム等等。生き様赤裸々。

Where am I & will be?
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■「約束された土地」のようなものがある気がした
それは、敬虔なイスラム教徒にとってのメッカ、仏教徒のブッダガヤ、ユダヤ教徒の嘆きの壁、カトリックのピエトロのようなものが、信仰を持たない自分にもあると思っていた。
家にいながらふと感じる強烈な懐郷の理由はそこにあると思っていた。

■なんだかんだで世界一周をして探すことができた
運良く学生時代、世界一周40カ国を回り、候補地は粗方潰した。惜しい場所はあったけど、結局見つからなかった。

■なんとなくわかってきた
「約束された土地」のようなもののイメージが世界一周の過程、BEFORE AFTERで変化した。原因は、色々な土地を見た、その感動や印象が、自分の内にある「約束された土地」のようなものの”記憶”に影響したからだと思う。

■家の中で見つけた最大のヒント
初めて見るはずなのに、電撃的な程懐かしいアニメ映画に出会った。それこそ「約束された土地」の印象にかなりニアミスな世界観で描かれている。それは「銀河鉄道の夜」と言うアニメ映画だった。
ちょうど実家で見たので、母親に聞いたら、物心つく前、腕白過ぎた自分はこのアニメを見せていれば静かにしていたらしく、VHSテープが擦り切れるまで見せ続けたそうな。
その他、画家である母親は物心付く前から、自分を様々な芸術作品に触れさせていたそうだ。そういう時は比較的静かにしていたらしい。

■当時の結論
喉から手が出る程追い求め、青春の殆ど全てを捧げた「約束された土地」のようなものは、「自分の頭の中にある、自分にとって理想的な場のイメージ」であり、それは主に幼少期に刷り込まれた「イメージ」を基盤に、その後出遭った「感動した作品」に影響され移り変わる、「自分の頭の中の、自分だけの楽園」だと言う結論に至った。
それは、世界中探し回ったところで見つかるものでは無く、この結論によって、自分の「約束された土地探しの旅」は終了した。

■当時の総括
幼少期、現実と虚構、フィクションとノンフィクションに明確な線引きか出来ない程度の精神の頃、
僕等はどこかで見知ったフィクションの世界に遊びに行っていた。
ブラウン管の向こう側や、絵本の向こう側とこちら側には境界は無く、それらは全てシームレスな遊び場でしかなかった。

しかし、ある時を境に、僕らは現実と虚構にはどうしても乗越えられない”何か”がある事を知ってしまう。その時から、人によっては強烈なホームシック、それまで入浸っていた自分の家の裏庭に二度と入れなくなったような亡失感を抱くようになるのだと思う。

自分が世界を回って探していたものは、自分がこの世界の範囲を知った時に失った、自分だけの楽園だったのだとわかった。



■最近の気づき
世界探索の旅から5年の月日が流れた。全ては過去の話。巨体なスナフキンはもういない。
時々写真を見て懐かしむ、そんな時間すら無いような生活が続いてる。最期に夢を見る程寝たのはいつだっただろうか。
今のこの生活から考えて、5年前に地球の裏側をほっつき歩いていたなんて、嘘のよう。
思い出すと、ホームシックにも似た、心の痛みすら感じる。

喩え、過去が現実にあった事だったとしても、今やそれはフィクションと何ら変わらない。
幼少期に遊び回った向こう側の世界のイメージと、かつて巡ったこちら側の世界の記憶。

時が経った今、思い出すには何ら全く、そこにはフィクションとノンフィクションの差は無かった。
「記憶」に落とし込まれる分には、フィクションにもノンフィクションにも、特に差は無いのだと実感する。

現実にあったはずの「世界の旅」は、5年間の忘我の現実の熟成期間を経て、フィクションに昇華されていた。
そして結局「約束された土地」のようなものは、依然として自分の心から離れない。
実らなかった初恋の記憶ようなものは、男子校出身の自分にはわからない概念だけど、多分こんな気持ちなんだろうとすら思う。




■最近の総括
だからどうだって事は無い。
この愛しい懐郷病を抱いて生きてゆければそれでいいと思っている。
もう、全てを捨てて旅に出たいとも思わない。早めに出ていてよかった。

きっと、俺は死ぬとき、走馬灯のように、彼の世界を眺め、一生で一番幸せな瞬間を味わうんだと思ってる。
死と言う、自らの全生命のパラダイムシフトの時、その一瞬に虚構と現実の境界は意味喪失するんじゃないかと思ってる。
その瞬間に、如何に素晴らしい一瞬を得るか、その為に今の人生の時間を紡ぎ続け、記憶を重ねている。

あの頃、何かを探して、他の全てに興味をもてなくて、旅に出た背高スナフキンは、旅から帰って、普通に生きて普通に死にました。
でも彼は、最期に彼が捜し求めた「約束の土地」に辿り着けたのでした。
これ以上のハッピーエンドがどこにあるだろう。


旅から帰って、5年、色々悟った背高スナフキンは、これからは背高ムーミンパパとして生きようと思った。

暖かい家庭、子供たちとの思い出が欲しいと思ったんだ。
彼ら、彼女らとの思い出が欲しい。
他にこれといって欲しいものがもう無いんです。




なんか申し訳ない気もするけど
今の正直で素直な気持ち。



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 大変ご無沙汰しております。

IYPEと言うユネスコと国際地質学学会が行っているプログラムの
日本版の企画「惑星地球フォトコンテスト」で一等賞もらいました。

 3年くらい前に撮影した
(つまりこのBLOGの旅の期間に撮影した)
写真をひょいっと応募したら、ひっかかりました。

 ご報告までに。


2007_08_17_クチャ_渓谷
作品名<地底へ続く道>

http://www.gsj.jp/iype/index.html


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 昨年より発売中の190cmミニ写真集ですが、
販売WEBサイトのURLが変更になりました。
フォトバックさまのページから購入できます。



夏休み総集編1_ムイナク_船の墓場2

2007_08_17_クチャ_渓谷

2007_08_17_クチャ_クズルガハ烽火台

回顧編009_チチカカ湖と木

回顧編006_風車


*写真集の内容は左脇のサイドバーで確認できます。
掲載写真とこのエントリーの写真に関連はありません。


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 我等雑草 居場所を知らぬ根無し草

 それでも輝け 煌け 燦々と

 打ちつけろ 叩きつけろ 踏み潰せ


 我等雑草 一山幾らの民草なれど

 遠く 高く 脈々と

 駆け抜けろ 飛び越えろ 登りきれ

 我等雑草 花も付けえぬ道草なれど

 強く 硬く 頑なに

 立ち上がれ 振り上げろ 動じるな


 我等雑草 羽虫も寄らぬ毒草なれど

 嬉しく 優しく 心地よく

 歌え 笑え 幸せと


 我等雑草 冬越せぬ命のへたれ草

 それでも我等は 

 それでも我等は 光を喜び 風を愛し 水を欲し 空を仰ぐ


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 ノンノン ノンノン お嬢ちゃん

 この世界が美しいんぢゃなくって

 この世界を映している

 お嬢ちゃんの瞳が 美しいんだよ


 綺麗なお嬢ちゃんの瞳は

 まだまだ何も知らない瞳だ

 感度が高すぎて粒子が粗すぎる銀塩のような瞳だ

 モノクロ8mm映画のような華やかさと

 ガリ版刷りのような艶やかさと

 8ビットゲーム機のような躍動を秘めた瞳だ

 心で見る事を知っている瞳だ


 お嬢ちゃんを揺さぶる瞳

 だから世界は美しいんだよ



 あまり変な知識を貯め込んで

 解像度を上げ過ぎてしまうと

 世界は美しくなくなってしまうんだぜ

 
ちべたん少女

 

 




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