こんにちは、190cmです。中央アジアのNETはかなり遅いのしか見かけないので更新をしていませんでした。
が、いい加減間延びしているので更新いたします。
と下書きを作成してNETカフェに行ったのですが、やっぱり無理だったので、実はもう帰国したのですが、今からUPさせていただきます。
中国領ウイグル自治区のカシュガルより陸路にてキルギスのオシュに抜け、更に歩いて国境を抜けウズベキスタンへ。
ウズベキスタンでは首都タシケントより飛行機でアラル海に近いヌクスという街へ行き、車でムイナクと言うかつてアラル海沿岸の港町だった場所に行きました。
ご存知の通りアラル海は旧ソ連の無謀な灌漑開発の為、干上ってしまい海岸線は200km以上後退したため、ムイナクの街は閑古鳥が鳴いていました。
カシュガル

カシュガルの葡萄園にいたお姉さん。民族衣装を身にまとい、片手にコカコーラを持っている姿がシュールですね。
それにしても色々な顔がいます。

これは三輪車の少年を撮影していたら、とってほしそ〜な感じでこっちを眺めてきた少女2人組みです。

そしてその三輪車の少年です。
なんか、こういう感じの顔の日本人もいますよね。濃いと言うか、日本人離れしているというか。
中国最西端の鉄道駅があるカシュガルですが、ここに来る外国人観光客で一番多いのは近所のパキスタン人、二番目は日本人だそうです。
が、筆者は見かけませんでしたね。
オシュ
オシュは見所に乏しいようですが、シュレイマン山と言う聖地があったので登ってみました。

ソロモン=シュレイマンらしいです。縁の地だそうです。
あっさり登れるのですが、中々見晴らしが良いです。
カシュガルからオシュへのバスは寝台だったのですが、相当老朽化と言うか、ぼろいと言うか、隙間風が入ってくるというか、まあ、寒かったです。
国境付近は富士山くらいの標高だったようです。
ムイナク
アラル海と言えば船の墓場です。

かつてここは海底でした。

さび付いてますね。

ジモティーが何かしに来ましたが、何をしているのか不明です。
フレンドリーでした。
ちなみに、観光地ではないので、不便です。ムイナクには食事をする場所はありません。また、ムイナクの食物は汚染されているようなので食べない方がいいです。バザールで魚とか売ってましたけど辞めておいた方が無難です。
ヒヴァ
この街ほどシルクロードと言うイメージにぴったりの街も無いかも知れません。
物凄い密集率でモスクやミナレット等の歴史的建造物が立っており、全てが城壁の中なので迷子にもなりません。

さらに治安はいいですし、人もいいですし、景色もいいです。
マズイ事といったら、うだるような暑さでしょうか。40度超えます。

いやぁ、おとぎの国ってのはここですね。
ウズベキスタン人は人種差別を全くしませんし、観光客に対する対応が好意的、控えめかつ助ける気満々と言った感じで歩いてるだけで嬉しくなる程です。
また物乞いを全く見かけません。凄い国ですね。(サマルカンドでは若干いなくもなかったです)

この少女はモスクの影で涼んでいた所に通りかかった東洋人に絡むのが趣味なようで、筆者を見るなり「へいかもーん!」「シットダウンヒアー」と流暢な英語でまるでどっかのオッサンみたいに「ちょっと来いや」「まあ座れや」と自分の隣を指差します。
そしてどんな話が始まるのかと思ったら、知ってる英語が尽きた様子でいきなりロシア語にチェンジされてしまいました。残念。
写真をとったら、日本から送るようにと住所をメモされました。

そうこうしていると子供が集めって来て、俺を撮れ、俺を撮れと過激なパフォーマンス(?)を。
この少年がぶらさがっているのは世界遺産です。
今日の玉

ヒヴァのモスクです
今日のテクスチャー

鮮やかなブルーのタイルです
今日の萌 in the world
お祭りをやってました。
3回くらい入れてくれと頼んだら意外な事に入れてくれました。

前回から今日までの撮影枚数枚5433枚
10万枚まであと7914枚
私はあと2単位を取得すれば大学を卒業出来ます。
来年の3月には卒業出来るでしょう。
しかし、私は、この10万枚をやらない限り、学生生活を終えたと言う事は無いでしょう。
もはや意地です。根性です。
取り組んだら離すな、殺されても離すな、目的完遂までは…
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190cmです。今は中国最西端の鉄道駅がある街、カシュガルにいます。住民はウイグル族が大多数で、この人達は漢字が読めません(中国語はそこそこ話せるらしい)。なので筆者のコミュニケーション「筆談」が通じません。困りました。英語も勿論出来ません。
まあ、そんな事言いつつ、いつも適当に何とかなっちゃうんですが、トルファンとカシュガルの間にクチャと言う街にいたのでその記事を書きたいと思います。
クチャは位置的にもトルファンとカシュガルの中間に位置します。亀慈国と言う国が栄え、やっぱりあの三蔵法師(玄奘)も来ました。
クチャには素晴しい自然があります。

凄いですね。グランドキャニオンやぺトラ遺跡にも匹敵する大渓谷です。川の流れが何千年か何万年かをかけて削りだした自然の造形です。
割と最近発見されたのでマイナーみたいですが、この為だけにもクチャに来る価値があると思います。
落石とか普通にありそうなのはドンマイです。ところどころに避難場所が設けてありましたが、避難が間に合う事ってあるんでしょうかね。

いやぁ、人が小さく見えます。
ぺトラ遺跡より岩盤が切立っていて、90度以上の角度で迫ってきているので、普通に頭の上が岩だったりします。
なので恐怖度と言う点でこちらの方が数段上です。

今は公園のようにそれなりに整備されています。中に亀慈国時代の千仏堂なんかもあるようですが、見学不可です。
監視員なんかも一応いて、迷子にならないようにはしているようです。

下のほうの豆粒みたいのが人間です。観光客もちらほら来てます。殆ど中国人ですけどね。音の反響を楽しみたいのか、運が悪いとわーわーぎゃーぎゃー叫びまくってる一団とかいて雰囲気台無しだったりします。
ちなみに天山神秘大峡谷と言います。
公共交通無いのでタクシーなんですが、かなりの悪路です。道路工事を大規模にしていたのでそのうち快適になるかもしれません。
道路工事で思い出したのですが、ウルムチ〜トルファン〜コルラ〜クチャ〜アトシュ〜カシュガルあたりを結ぶ、玄奘も歩いたシルクロードの一本、天山南路北道ですが、無茶苦茶整備された高速道路が走ってます。道路自体は日本の道路と同じクオリティで非常に快適です。100kmくらいでバスも走ります。タクシーなら120kmとか出してます。これには驚きました。
あとはケチらずに豪華バスに乗れば快適なバス旅行が出来ます。中国には寝台バスと言う摩訶不思議なベッド搭載のバスがあります。これが中々良いです。
ケチると大変です。ケチった場合のバスは窓ガラスが無かったり(板で塞いであるけどよく外れて吹っ飛ぶ)、臭かったり、座席が壊れてたりします。
190cmは身長が190cmあるので、それなりに足も長いのですが、残念な事に座席の間隔が狭く、座れませんでした。通路に足を出して8時間くらい揺られていた時は腰が悪くなるんじゃないかと心配でした。
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これはクズルガハ烽火台と言う新疆地区最大の烽火台の跡らしいです。中々の絶景です。何も無いだだっ広い場所にぽつんとこういう塔状の建造物遺跡があると190cmは萌えます。

かつては煉瓦で建てたのであろう烽火台ですが、現在は土塊の山と化してます。

周囲の眺めも中々です。
ここに至るまでの道路には簡体字の漢字(現在の中国の標準語的漢字)で「車両通行厳禁」とか書いてあった気がしますが、問題なく運ちゃん通過してくれました。
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これはスバシ故城と言う仏教遺跡です。亀慈国最大の仏教施設だった遺跡で、三蔵法師(玄奘)が書いた『大唐西域記』(西遊記の元みたいなもんですかね)に出てくるアーシュチャリア寺だと考えられてるそうです。

これは殿堂。上は仏塔です。
亀慈国は仏教を中国に普及させた偉い御坊様の出身地です。クマラジーバ(鳩摩羅什)と言う亀慈国の王族で高僧がサンスクリット語の仏典を漢語に翻訳して伝えたそうです。
昔テレビで見た話では、この人は王族の権力争いに巻き込まれないように、本人の意思とは関係なく出家させられ、何十年もひたすら仏教を学び、漢族が亀慈国に攻めてきた折に捕虜になり、無理矢理同じく捕虜の王女か誰かを抱かされ破戒僧になり、悲嘆に暮れながら仏典の漢語訳をしたとか何とか。
色即是空空即是色(形あるもの皆壊れる的な無常観ってやつすかね?)と言う有名なフレーズは実はこの人のオリジナルだそうです。まあ、大分意訳したんだそうです。

これは僧坊の跡です。
砂漠で雨が降らないから残ったんでしょうね。でも風に削られ岩山のようです。
中身の煉瓦の跡みたいのも残ってましたが。
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これはクチャ大寺と言う市内の寺です。寺といってもモスクです。このデザイン、イランで沢山みましたね。懐かしい。
かつては仏教国だったこのクチャも今ではイスラム教徒の土地です。漢族がブリブリ移住してますが、まだまだウイグル族比率が高いです。
というか、「中国王朝の版図だった時代があり、歴史的に中華世界の一部である」なんて理屈で現代中国政府はこの辺を制圧したようですが、そんなこと言ったらユーラシア大陸の殆どはモンゴル帝国の版図だった時代がありますし、この地域がイスラム化したのは、かつてアラブと漢族(唐)が大戦争して漢族が負けたからなんですけどね。そこんとこどうなんでしょう。

お寺の中でであったお姉さん。撮影快諾してくれました。色々な人がいますね。

この3兄弟のお姉ちゃんは下の2人に的確に指示を出して(強引に引っ張ったりして)3人でポーズを決めるべく奮闘してくれました。

非常に満足気ですね。
クチャ市内に一軒しかない旅行会社は亀慈飯店からクチャ飯店に今年移動したようです。これを知らなかった筆者は市内を彷徨いました。
5人いるスタッフは全員日本語が喋れます。
『最近日本人来ないんだよねぇ。みんなチベット行っちゃうんだよねぇ。シルクロードもいいよねぇ。』と愚痴られました。
タクシーでも郊外観光地は行けますが、天山神秘大渓谷は行けるか微妙です。要確認。ここで車を借りた方がいいと思います。タクシーより整備された車が来るのと、郊外の地理に詳しい運転手が来ます。
日本語ガイドを斡旋してきますが、別にいなくても問題ありません。運転手は中国語しか出来ませんが申し込み時に行きたい場所をちゃんと言っておけば後は自動的に連れて行かれます。
運転手の昼飯はおごるのが常識のようです。筆者は知らずに自分だけ注文しましたが、後で気づいて勘定は持っておきました。ラーメン一杯70円の世界です。
中国ではいかなる場所場合でもチップは不要だそうですが、こういう習慣はあるようです。

結構気さくに撮らせてくれますね。最近は中国人観光客もニコンの一眼カメラにシグマのレンズをつけて観光してたりするので、抵抗が薄いのかもしれません。
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今日の玉

岩の合間から太陽が覗きます。
二時間程で天山神秘大渓谷はトレッキング出来ますが、奥まで行くなら一日がかりでしょうね。
今日のテクスチャー

烽火台の表面です。元々煉瓦積みだってであろう表面ですが、現在は細かい土の粒子がへばり付いた感じになってます。
粘土みたいな感じでしょうか。
今日の萌 in the world

お姉ちゃん、本当に楽しそうでした。
前回から今日までの撮影枚数1098枚
10万枚まであと13347枚
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こんにちは。今日はこの更新の後ウルムチからクチャへバスで行きます。10時間だそうですが、寝台バスなので楽そうです。
クチャ、宮崎駿の漫画版「風の谷のナウシカ」にこんな名前のキャラクターがいた気がします。
ナウシカの舞台のモデルはパキスタンのフンザとかこの辺だそうです。噂ですが(オーストラリア説もある)。
さて、トルファンです。190cmすら知っていたこの名前、出国前々日くらいにウルルン滞在記と言うTV番組でちょうどやっていました。有名な観光地のようです。番組の中で気温が47℃と言っていたのでビビッた190cmは、ホテルも満員のようなので日帰りで済ます事にしました。中国人も火州と呼び怖れる酷暑の土地です。
しかし、前の記事の通り日帰り出来ませんでした…。

これはウルムチ−トルファンを結ぶ高速道路脇に連なる風力発電所です。この高速道路のあたりは常に風が吹き続けているようです。
いちいちこういう場所で写真を撮る為にバスを止めてくれるのはツアーのいい所ですね。普通に路線バス乗っちゃうとスルーされてしまいます。
しかし、若干英語も出来るらしきガイドが190cmに言ったのは「お〜るたいむ、ふぉろ〜み〜」の一言だけでした。最初から最後まで。迷子になるなよ、と。
ツアー参加者は中国人が殆どでウイグル系が2人、外国人は190cmだけでした。ハトバスツアーに日本語が解らない外国人が紛れ込んだような感じでしょうか。他の国の観光産業は大抵外国人相手なのに対し、中国のそれは中国人相手がメインなようです。沿岸都市部のリッチな中国人が旅行に来るんですね。沿岸部と内陸部では先進国と途上国並みの格差があります。

最初に訪れた葡萄園。トルファンは葡萄の産地としても有名だそうです。意外でした。砂漠の街なんですが、遠くの天山山脈から手掘りの地下水路(カレーズ)で水を運んでいるのです。凄いですね。
190cmはツアーにでも参加しないとこういう場所には来ないので中々良かったです。葡萄食い放題な所とか。ちなみに、この時の温度は筆者の携帯電話のストラップの温度計によると40度超えです。乾燥しているので日陰は結構楽なんですけどね。

葡萄の下で食事でした。ウイグル族の料理、ぶっかけうどんが出ました。失礼ですが、あまり美味くないです。

このジャイアンみたいな中国人は上海から観光に来たそうです。隣の食卓のウイグル族の少女と何か喋ってました。
この中国人は流石都会っ子だけあって、筆者と同等程度の英語力があり(つまり殆ど喋れないが最低限の意思の疎通は出来る)重要な事項は翻訳してくれる心優しい男でした。親分肌って感じでしょうか。
が、シシケバブ(羊の串焼き)をご馳走してくれた折、『コリアンのバーベキューとウイグルのバーベキュー、どう違う?』と突然尋ねて来て、190cmは『知らないけど、こっちの方が苦いんじゃん?』と答えると『お前韓国人じゃないのか?』と。
『いや、日本人だけど。』と答えると、周りに相席していた中国人も含めどよ〜んと気まずい空気が流れました。周りの人達も「Japanese」と言うフレーズには反応するんですね。相席のお爺ちゃんが孫に何事かと尋ねると、孫が「リーベンレン(日本人)」と翻訳して、やはり気まずそうにしてました。
やっぱり嫌われてますねぇ、日本人(リーベンレン)。
ホテルにあるTVつけるといっつも抗日戦争と思われる戦争映画やってますしね。

(孫です。PSPやってます。それ日本製だよ〜。)
しかし、ツアーの皆さんはその後も変わらぬ親切っぷりでした。特にジャイアンは何かと世話を焼いてくれました。
筆者の事をガイドが勝手に韓国人だと言いふれていたのかもしれません。何かしきりに「ハンゴル、ハンゴル」とか言っていたので。

同じツアーにいた家族連れのお婆ちゃんと孫娘です。一人っ子ばかりですね。一人っ子政策。他にも子供連れが4組くらいいました。皆一人っ子。不思議な事にあまり子供同士で絡まないんですね。

葡萄レストランの厨房の写真です。厨房といっても食卓から普通に見えます。この写真を撮っていたらジャイアンに注意されました。最初は何を言っているのか解らなかったのですが、どうもウイグル族はイスラム教徒で、イスラム教徒は撮影される事を好まないから気をつけろよ、と言う事らしいです。
中国人観光客も結構撮っているので便乗したのですが、気に留めておけ、と言った感じでしょうか。
実はこの上海から来た中国人の奥さんは超絶美人のウイグル人なので、この中国人はその辺の事情に人一倍詳しいのかもしれません。2人でラブラブ旅行のようです。ジャイアンは30歳だそうです。奥さんの美貌を褒め讃えると照れ笑いをする可愛い一面も。ちなみに、奥さんの写真はありません。
しかしうっかりしてましたね。ムスリムの特に女性を撮影するのは細心の注意が必要な事は中東では十分認識してましたが、中国と言う事で忘れてました。

食事をして葡萄園を散策して、干し葡萄の御土産屋に連れて行かれました。ツアーだと御土産屋に強制的に連れて行かれます。が、サービスで店の売り子が民族衣装で踊って見せてくれました。撮影しても良いとの事なので撮りましたが、残念、逆光ですね。
干し葡萄もたっぷり試食できたので満足です。バスで筆者の後ろの席の若夫婦中国人が何かと筆者に写真撮ってと自分達のカメラを渡してくるのですが、その礼なのか食べ物を買ってきては筆者に食わせてくれて、ここの干し葡萄もくれました。

少年の踊り子もいました。ひっきりなしに観光客がバスで乗りつけるので、踊り子も3人くらいいて分業してました。

少年とこの子は漢族顔ですね。キルギス族かもしれません。彼等はモンゴロイドです。隣国キルギスに沢山いますが中国にもいます。単に漢族と混血してるだけかも知れませんけどね。

この子はバスで筆者の前に座っていた少女です。声が大きくはしゃぎ回るので良く目立ち、ツアー客を見失ったときの目印になってくれる有難い存在でした。
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これは火焔山と言う山の写真です。三蔵法師が旅の途中来たと言う場所です。『西遊記』にも出てきます。燃え盛る火焔山に行く手を阻まれ、孫悟空が鎮火する為に芭蕉扇を鉄扇公主から奪取(?)してくるお話です。
筆者は孫悟空と聞くとドラゴンボールを思い浮かべるのですが、どうでもいいですね、そんな事。最近の子供は知らないみたいですし、ドラゴンボール。
さて、薀蓄ばかりで申し訳ないのですが、本来、この山は本当に真っ赤に燃え盛っているように見えるはずなんです。しかし、この写真の通り、何故か砂漠の盆地のトルファンに雲がかかり、濃霧に囲われ、殆ど山が見えません。
悲劇はこの時もはや始まっていたようです。

火焔山の前には博物館があって、その中にこんな巨大温度計がおいてあるのですが、50度とかを差してました。嘘です。筆者の温度計では30度ちょっとでしたし、雲のせいで結構涼しくなってきてました。なんなんでしょうね。

交河故城と言う遺跡です。昔トルファンにあった高昌国の遺跡らしいですが、もはや廃墟です。それにしてもこの空、かなりの突風が吹き始めていました。砂が目に入って観光も一苦労。カメラに砂が入らないか心配でした。

このお爺ちゃんは昼食の際に孫(前出)に「Japanese」を中国語に訳させていたお爺ちゃんです。
190cmはツアー客全体に認知され打ち解けてきて、何か食い物を色々貰うようになっていたのですが、ここに来ておじいちゃんが地面に石で何か書きだしました。

解りますかね?『中日友好』と書いてくれました。いやぁ、嬉しいですね。ムッツリ顔でお爺ちゃんが何かごそごそ書いてる時は「日本鬼(リーベンクイ)」とか「東洋鬼子(トンヤンクイズ)」とか「小日本(シャオリーベン:蔑称)」とか書かれたら嫌だなぁ面倒だなぁ、とか思っていたので、感動もひとしおでした。
さて、この辺で天候が本気でおかしくなったようで、5箇所の観光地を回ってくれる契約内容だったのですが、屋内である地下水路博物館だけ行って、屋外観光地である何か(中国語で読めない、ガイドブックの中国語と一致しない何か)をスルーされてしまいました。多分千仏洞か高昌故城だと思うのですが、残念だなぁ、と思っていました。中国人の客もガイドと揉めてました。
が、バスの窓から外を見ると物凄い濃霧(水蒸気と砂とスモッグが織り成す砂漠のハーモニー)で視界が非常に悪くびっくりしました。
案の定、ウルムチ−トルファンを結ぶ高速道路が不通になり、帰路が閉ざされました。途方にくれるバスは高速道路入り口で暫く立ち往生していましたが、皆お腹が空いたので夕飯を食べにトルファン市内へ引き返しました。
バスガイドがごにょごにょ何か言って皆がバスからワラワラ出て行ってしまい、何時までにバスに戻ればいいのか皆目検討が付かずボケーっとしていたら、それまで別に筆者と接触した事のなかったツアー客の一組が筆者を食事に誘ってくれました。3人組みの一人がほんの僅かですが英語を解すので助かりました。
「餃子でいいか?」と聞くので「我愛餃子(ウォーアイチャオズ)」とか適当に片言中国語で答えたらニンマリしてました。
そして連れて行かれた餃子の店。適当に何か頼んでくれたのですが、餃子しか出てきません。日本の餃子より小さいのですが、3種類くらい、餃子ばっかり100個くらい出てきた気がします。それを4人でパクパク食べ続けました。そして何とおごってくれました。中国では食事に誘った方がおごるのは当然で、割り勘ってのは珍しいそうです(ガイドブックによる)。
3人のうち2人は夫婦だそうです。英語は喋れません。
英語が喋れる中国人は夫婦の友人で一緒に旅してるそうです。先に登場したジャイアンに輪をかけて筆者を気にかけてくれて、この後待っていたプチ難民泊の間も世話になりました。
この中国人は筆者の大学のゼミの先輩に瓜二つで面白かったので、勝手に筆者の中で『いつぅー』と先輩のあだ名を名づけてました。

いつぅー
後で聞いた話なのですがいつぅーとその友人夫婦は広東省の広州から旅行で来ていて、新疆地域は八日目になるそうです。
いつぅーの筆者に対する視線の送り方が妙に遠足の引率みたいな、勝手に変なところへ行かないように心配しているような雰囲気だったので職業を聞いてみたら案の定小学校の先生でした。面倒見の良さも納得しました。友達夫婦の奥さんの方も先生で職場仲間、旦那は先生ではないそうですが、良くジェスチャーで絡んできてくれて楽しい人でした。

夫婦。いつぅーは休みが取れない旦那とまだ旅には幼すぎる娘を家に置いて来たとの事。
食事を終えてバスに戻ると、今日はトルファンで一夜を明かす事が判明しました。ホテルはシーズン真っ盛りなのでどこも満杯、バスの中で寝る事になりそうでした。筆者は夜行バスで一夜を明かす事等は慣れているので、まあ、別にいっか、くらいに思っていたのですが、子供連れの中国人客なんかは結構困惑していました。
そうこうしているといつぅーが「レッツゴーツゥーザスーパーマーケット」と誘って来たので、一緒にスーパーに行き、バスの中で飲み食いする色々なものを買い込みに行きました。
どのお菓子が美味しいのか解らないのでいつぅーと全く同じもの選んでレジに並んでいたら、後ろに並んでいたいつぅーが全部払ってやると割り込んできて、すったもんだした挙句、押しの強い中国人パワーに負けておごられてしまいました。
霧と砂とスモッグのハーモニーが最高潮を迎え、視界が20mくらいになった頃、バスはガソリンスタンドの中にいました。夫婦の奥さんの方がくれた使い捨て防塵マスクをつけて外に出て涼んでいると(何故か涼しい)、ガイドがバスに乗れ!と皆を呼び集めました。
いつぅーが言うには、トルファン政府が泊まる場所を準備してくれたそうです。
行ってみると既に5,6台の観光バスが停車していました。駐車場かと思えばバスケットゴールが並ぶグランドで、いつぅーの話だと中学校だそうでした。
学校に避難して一泊なんて生まれて初めてでした。しかも中国。日本人一人。
トルファン政府は気を利かせたのかミネラルウォーターやカップヌードル、スイカを配ってました。何か妙に慣れているので、ジャイアンにこういう事はよくあるのか?と尋ねたら、年に3,4回あるらしいと聞いて来てくれました。
ツアー客は学校寮と思しき二段ベッドが4つ並んでいる部屋が沢山ある建物をあてがわれました。布団は無いのでベッドの板に直にですが、寝転がれました。
かなり早い者勝ち的に部屋とベッドが埋まっていきましたが、子供連れやお年寄りから優先的に下の階で電気が来ている部屋に皆で通している姿は、印象深かったです。
部屋は男女別で、隣のベッドはジャイアンでした。美人な奥さんと離れ離れになったジャイアンは突然筆者を呼び出して、寮の外へ。行ってみるとスイカの食べ放題をやってました。トルファン政府は太っ腹なのか何なのか、ジャイアンが煙草が吸いたいとか言ったらしく、カートンで買ってきてました。
上海で過労な程働いてる話、この旅でウイグル特産のナイフを買った話、羊を買ってそのナイフの試し切りで殺した話、これから飛行機でカシュガルとホータンに行く話、ホータンでは特産のホータン玉を買う予定だと言う話、夜通し話してました。
ベッドのある部屋は窓が空かず、電気もつかず、蒸し暑く、トイレが壊れててジャージャー流れ続けうすさく、バスの中より居心地が悪いくらいで、外でたむろしていたのです。
ジャイアンは「チャイナはキャピタリズムだからいかん。バスの中の方がましだった。これじゃ難民だ。上が良かれと思ってやった事でも、俺達にとってみれば迷惑なんだよな」と憤慨してました。
さらに「日本はソーシャリズムだからいいよな。」みたいな事も言っていました。
筆者は眠くなったので、ジャイアンに先に寝ると言うと、「お前は外国人だから特別に良い部屋使えるように話をつけた」みたいな事を言うじゃないですか。おいおい、どんだけ良い奴なんだ、お前は、と思いつつも、遠慮が中国では歓迎されない事も知りつつも、やっぱり遠慮して、元の部屋に戻って寝ました。
190cmは両脇にカメラを2台抱えたままなのですが、なんとか上手に寝れました。
朝起きて、カップラーメンにお湯を入れに行くと、そのお湯が出る給湯器のあるちょっと良い部屋の布団が敷いてあるベッドにジャイアンが大の字になって大いびきをかいてました。
カップ麺を食べつつ、いつぅーやその友人夫婦、筆者の後ろの席にいた若夫婦等とボケーっとひたすら待っていたら、別に天気が良くなったようには思えないのですが、道路が開通したとの事で、無事にウルムチまで帰ってこれました。
途中、いつぅーや友人夫婦が筆者の事を韓国人だと勘違いしている事が判明し、日本人だと訂正したらやっぱり微妙な空気が流れましたが、その後も変わらぬ態度で接してくれました。
中国政府の方針通り反日教育を実行している、過去の日本の悪行を(中国政府の誇張分も含めて)知り尽くしているであろう中国の学校教師だけに、思うところも色々なんでしょうが、結局最初から最後まで日本人の筆者に対して親切でした。
このツアー、決して値段的に高くは無いのですが、やっぱり中国人としてはそれなりの階層の人しか参加していないってのもあったのかもしれません。そもそも旅行に出れる中国人は恵まれた中国人です。
巷のネットカフェのバイトの中国人店員なんかは超無愛想でスーパーむかつきますし、北京なんかで反日暴動起こしたりしている中国人は、低所得層で、社会へ対する鬱憤の憂さ晴らし的な側面もあるそうです。
どちらにせよ、忘れられないツアーになりました。
ジャイアンがこんな事を言ってました。
「お前はラッキーだ」
190cm「なんで?」
「トルファンでこんな天気に遭遇できるなんて滅多に無い。」
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今日の玉

葡萄の木の下で〜
今日のテクスチャー

独特なレンガ積みですね。
今日の萌 in the world

ポーズをとってくれました。
ぼちぼちバスの時間なんで後日まとめて集計します。
今日の撮影枚数枚
10万枚まであと枚
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ルアンパバーン
ルアンパバーンと言う街にいます、190cmです。この街はかつてのラオス王朝の王都で、現在でもラオスの宗教的中心都市として存在します。お寺が沢山あります。

しかし、やっぱりのどかです。これはカーン河と言うメコン河の支流で、ルアンパバーンはカーン河とメコン河の交わる地点にあります。

そしてこれがラオスの観光客増大を招いたワット・シェントーンです。最近世界遺産になったんですね。
規模は非常にこじんまりしてますが、屋根が幾重にもなっているのと、壁の装飾が他では見られない特徴です。結構綺麗です。

黒字に金色で細密描画を施してあります。黒と金の色使いは中々他では見れません。美しいです。

シックでいい感じです。入り口です。

これが本殿内部になります。中まで撮影させてくれるのが嬉しいですね。

これは同じ敷地内の建物。こっちは金ぴかです。
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寺

ワット・シェントーン以外にも沢山の寺があります。それぞれが小規模ながらも隣りあわせで寺が林立しているので一つの大きな寺のようにも感じます。

ビエンチャンでは全体的にくたびれている印象があったラオス仏教ですが、ここでは花盛りと言った感じです。

しかしどういうわけか、必ず入り口が逆光になる方位で建造しているんですよね・・・・。
これはタイのスコタイ遺跡でも同じでした。宗教上の意味があるのかも知れません。

これは旧王宮の敷地内にある寺院です。一際豪華ですね。でも閉まってました。

こちらが旧王宮になります。ついでみたいな扱いで申し訳ないです。案外王宮自体は質素ですね。
現在は博物館のはずですが閉まってました。。。

こちらは屋根の美しさではワット・シェントーン以上と言われるワット・マイです。何重にもなってますね。

こちらはスイカ寺と言う寺です。この仏塔の形がスイカの半分に似ているからだそうです。そのまんまですね。
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小学校
ラオスの小学校がありました。ちょうど下校時間のようで、校庭に生徒が集合していました。

ちょうど国歌斉唱(?)が終わり、国旗を降ろしているところでした。
日本でも教育基本法が改正されましたね。国旗掲揚、国歌斉唱で少し前にすったもんだしてましたが、まあ、外国じゃ有り触れた光景です。
気のせいか、ラオス国旗は日の丸を意識してるんでしょうか。

直ぐ沸きに校門があるのに塀を乗り越える少年少女たち・・・。元気一杯?

らんらんらん、帰りましょ♪

下校途中に買い食い、と言うか、この子はまだ校内です。

携帯ゲーム機はワールドワイドで広がってますね。

校門の脇でバシバシ撮影している190cm、子供達に囲まれる(襲われるとも言う)前に退散しようと思っていたんですが、ラオスっ子はクールです。完全に無視か微笑みかけて去ってゆきました。

原付で迎えに来るのがラオスママ流です。
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ラオスのメコン河
こんにちは、190cmです。ラオスで癒されてます。
ラオスってどんな国?
メコン河上流の国です。下流はカンボジア。
メコン河ってこんな河です。

メコン河でちっちゃいラオスっ娘が2人、遊んでました。

メコン河でちっちゃいラオスっ子が4人、暴れてました。

大型家電の梱包剤をビート版にしているんですね。

水合戦の武器にもなるようです。

おお、なんと(190cmから)身を隠す盾にもなるようです。

そんな便利グッズは当然奪い合いになります。世の中の縮図ですね☆

服を着たとたんド突かれました。冗談です。カンフーゴッコのようでした。

しかし元気です。

日が暮れました。おうちに帰りませう。
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ビエンチャン
首都をビエンチャンと言います。が、本当に首都なのか!?と思う程小規模かつのどかです。市内は殆ど徒歩で巡れます。
ハノイの100分の1くらいしか交通量が無く、交通ルールが守られています。感動。みんなバイクはヘルメット着用。サイドミラーがちゃんとあります。

市内の真ん中に国立文化会館なる市内1と思われる巨大な建物が。神々しく後光が差していました。ただの逆光だろなんて突っ込みは無しの方向で。ここはラオスです☆

いやぁ、ご立派!
しかし何時行っても閉まってるんですよね。

市内の真ん中には遺跡化した仏塔が今でも残っています。タイのスコタイ遺跡に良く似たスタイルですね。文化的に近いのでしょう。ラオス語とタイ語は殆ど同じだそうですし。

パテート・ラーオと言う共産主義勢力が全土を制圧し政権を握ってからは宗教は禁じられていたのですが、現在は開放経済と同時に解禁されたようです。
そんなわけで寺院も建造中。
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ワット・シーサケート

これはワット・シーサケートと言う寺院です。度々シャム(タイ)に侵攻され市内の寺院は破壊されたようですが、これは原型を留めているそうです。宗主国のフランスにも痛められました。その後の共産主義政権も宗教を禁じたので野晒しになっていたようです。現在は宗教は解禁されています。
他の寺院は何気に鉄筋コンクリート製だったりしますので、確かに歴史が感じられます。

豪華絢爛さではタイに及びませんが、最盛期は豪華絢爛であったのだろうと思われます。いい味だしてます。

豪華絢爛だった名残りと思われる、金箔が剥げている仏像です。タイと同じく、本殿の周りを囲むように仏像が並んでいます。

これ全部、昔は金ぴかだったはずです。
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ラオス
190cmです。ラオスに来ました。首都ビエンチャンにいます。
…ラオス、名前すら知らない人が殆どではないでしょうか。どんな国かといいますと、ベトナム、カンボジア、タイ、ミャンマー、中国とかに挟まれている海の無い内陸国で、ベトナムと一緒に社会主義が政権を握りました。ベトナム政府と仲良しらしいです。でも経済はタイに依存。タイバーツ(通貨単位)の方がラオスキープ(通貨単位)より歓迎されます。最強なのは米ドル。
今では開放経済をはじめましたが、一応社会主義です。王朝は廃止されました。中国仏教に近いベトナムと違い、タイやカンボジアに近い上座仏教が信仰されています。

ラオス人は観光客を受け入れ始めたのが割りと最近な為、観光客すれしていません。
そもそも見所が余り無いらしく、アクセスも悪く、ツアー客なんかは皆無にちかく、それなりに鍛えられたバックパッカーしか来ないのか、観光客を舐めてかかってきません。
今後はどうなるか知りませんけどね。

上座仏教の寺院はベトナムの仏教寺院より撮り甲斐があります。複雑な模様や彫刻が多いです。
さらにラオスは青い空!輝く太陽!爽やかな風!いやぁ、素晴らしい!!!
ラオスで年越しすれば良かった・・・。まあ、ラオス暦の正月は西暦と大きく異なるようなので、正月である事すら解らなかったかもしれませんが。
さぁ、バシバシ撮りましょう。青空がおいらを呼んでいる〜。
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年末のハノイ
190cmです。ベトナムの首都、ハノイにいます。ホーチミンシティ(サイゴン)と比べると若干大人しい気がしますが、首都です。年末ですが至って普通です。お祭りを期待したのですがスカでした。野外ステージでライブやるみたいですけどね。
2006年最後の更新にしたかったのですが、日本時間で年が明けると、サーバーが日本時間で動いているので新年最初の記事になりそうです。あと25分!

ハノイは湖が多いです。これはホアンキエム湖と言う町のど真ん中にある湖と、その中にある玉山祠です。
なんでもこの池から剣を持った亀が出現し、その剣を持ったベトナムの王様が明軍を撃退したんだそうです。

入り口です相変わらず天気が悪いですねぇ。しかもフエより更に寒いです。

そしてお堂です。水上の小島にあります。地元民やベトナム人観光客で賑わっています。

これは文廟と言われる、孔子を祭った廟で、ベトナム最古の大学でもあった場所です。

ベトナムは全国土的に見所が周辺国に比べて少ないような気がしなくも無いのですが、ハノイ市内に限っては明らかにそうで、文廟は数少ないスポットと言う事で観光客が押し寄せていました。
ここまでバイクタクシーで来たのですが、最初5000ドンだといってたのについたら20000ドンに値上げしてくれました。勿論払うわけないのですが果敢に張り手で挑んでくるので非常に面倒でした。

質素ですね。日本の質素な寺に中国風のドラゴンとかをトッピングしたような感じです。

これは国父、ホーチミンが眠る廟です。中に遺体が安置されています。大理石造り。閑散としていました。

これは大統領府。ホーチミン廟の隣にあります。

これはタイ湖に浮かぶ鎮国寺です。ハノイ最古の仏教寺院だそうです。
見所だけをババババっと載せていますが、この移動の間に様々な190cmを疲労させるイベントが起きているのですが、イライラするので敢えて書きません。
だぁっ!!

鎮国寺のシンボルです。が、結構ちっちゃいです。
後ろから190cmのリュックを開けようとする不届き者にタックルしてあげました。

フランスの植民地だったので教会も立派です。が、あまり修復修繕等されていないようで、排気ガスで真っ黒です・・・。

中は結構手入れされているようです。
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ハノイヒルトン
ヒルトンホテルと言えば、世界各国にある高級ホテルのチェーンです。190cmには縁が無いですが、名前は知ってます。

これはハノイヒルトンと呼ばれる建物です。

高級ホテルの割にはボロイですね。

これは大部屋です。大人数が宿泊できます。

勿論個室もあります。

狭い廊下ですね。
もうお分かりでしょうが、これは監獄です。フランスがベトナム人を収監する為に作った牢屋で、ベトナム戦争時には北軍に捕まった米軍捕虜が収監されていました。
そして米軍兵が皮肉たっぷりにつけた名前が「ハノイ・ヒルトン」です。

処刑台もあります。
アメリカ人じゃないかなぁ〜と思しき老夫婦旅行者に突然話しかけられ「二度とこんな事が会ってはいけない!」と力説されました。
キューバの米軍基地で似たような事してんじゃないのかなぁ、と思いましたが面倒なので言いませんでした。

刑務所は半分以上が取り壊されハノイタワーと言う高層ビルになっています。そこで結婚式を挙げている人がいました…。
ちなみに日本の池袋にあるサンシャインタワーは元々処刑場で、東条さんを初め戦犯なんかが絞首刑にされた場所だそうです。
いやぁ、怨念が…。
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今日の玉
国父の眠る空。国旗もたなびきます。が、どうしようもない程の曇天、雲は低く、霧が街にかかっているかのようでした。

ベトナムの未来が明るい事を祈ります。
今日のテクスチャー
ベトナムの瓦屋根です。

今日の萌 in the world
少年がいました。

今日の撮影枚数803枚
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間に合いましたね。
2006年、有難う御座いました。
新年もよろしくお願いします。
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フエ
190cmです!ここはベトナム最後の王朝グエン朝の都、フエです。ベトナム中部に位置するこの街はベトナム戦争の激戦地でした。

フエの攻防戦は激烈を極めました。その当時の兵器が残っております。

こうやって見ると鉄の塊ですが、血糊がべったり、肉片なんかも付着した出刃包丁みたいなもんなんですよね、これって・・・。

何人くらい撃ち殺したんでしょうね、この戦車。兵器マニアの方は生戦場に行ってみるといいでしょう。

撃墜された飛行機です。放置されているわけではなく、展示されています。

これは北軍が張り巡らせた地下トンネルです。兵器の性能で圧倒的に劣る北軍はこのように地下トンネルを掘ったりゲリラ戦を展開したりしました。
中はとても狭く真っ暗ですが、学校や病院まであったと言う話です。

実際に使用されていたらしき銃火器です。

このように、一般の少数民族やそのフリをした兵士が前線に北軍の物資を運搬していました。戦争において罪の無い一般人が虐殺される理由は、兵士と一般人の見分けが付かないからと言う事が多いです。
勿論、全くの無実の民衆を虐殺するような事件も起きていますが。
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王宮等

グエン朝の王宮がここです。フエはホーチミンシティから飛行機で一時間程度なのですが、気温差が激しくとても寒いです。さらに日々曇天…。

何と言うか、凄く質素ではないんですが、派手でもないと言った感じです。タイのようにキンピカにするわけでもなく、日本のようにワビサビと言う名の質素さに美を見出しているわけでも無さそうな。

これは王宮の正面にあるフラッグタワーです。ベトナム国旗がたなびきます。この国旗を立てるために多くの血が流されました。

これはカイディン皇帝の廟です。王宮より立派です。

カイディン廟の塔です。珍しく晴れました。190cmは割りとお天気によって気分が左右されるのでやる気満々になりました。

この建物の中にカイディン帝の偉業を称える碑が納められています。

そしてこれが本堂です。ヨーロッパの様式もとりいれているようです。と言うのも建造は1931年、割りと最近なんですね。ベトナムの王朝が終わったのは1945年です。
内部は撮影禁止でした。
他にも沢山廟はあります。中には完全に廃れているようなものもありました。
フエは世界遺産に登録されています。
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今日の玉
天気が悪すぎて萎えますが、王宮の空です。

今日のテクスチャー
カイディン廟の装飾です。

今日の萌 in the world
可愛いベトナム人の女の子です。

少年たち

カメラを覗き込む少年

デジカメの恩恵ですね。
なんか、いい光景ですね。

今日の撮影枚数1437枚
10万枚まであと21560枚
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プノンペン
カンボジアの首都はアンコールワットのあるシェムリアップでは無くプノンペンと言います。が、明らかに知名度で負けていますし、シェムリアップに国際線が乗り入れている為、この街に滞在する外国人は余り居ないようです。

メコン河と言う大きな川が流れています。この河を上ってシェムリアップに行く事もできます。

河に向かってゴメンナサイ!青春ですね。

ラブラブカップルですねぇ。女の子の方が微妙に筆者のカメラを意識していましたね。

その辺で皆ごろごろしているのは温暖な途上国の日常ですね。かわゆいかわゆい。

坊主といっても青年です。青春の一つや二つはあるんでしょうねぇ。てか結構結婚してたりすますしね。
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王宮
カンボジアも王朝が残ってます。フランスの植民地に近付いていったので取り潰される事も無く。しかしかつて虐殺政権ポル・ポト派と連合して内戦をした事があるからか、支持率は低そうです。タイに見られるような自主的な国王崇拝が全然見られません。

ここで戴冠式を行うそうです。なんでもフランス人の設計だとか。

タイに近いだけあってスタイルが似てますね。旧属国ですし。

フランス様式ですね。しかしカンボジアはフランスに放置されたためフランス様式の建造物は多くありません。ベトナムはフランスがテコ入れしたためフランス式の建造物が多く、また民族意識の目覚め等、教育・文化等で近代化が進んだそうです。勿論、その分搾取されていたんですが。

銀の寺院、シルバーパコダと呼ばれる寺院です。王室に併設されている寺院はどこも豪華ですね。
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ホーチミン・シティ
さて、ここから突然ベトナムになります。ホーチミン・シティは建国の父ホーチミンからとられた名前で、旧称をサイゴンといいます。サイゴン陥落のサイゴンです。

そしてここがサイゴン陥落の舞台、旧南ベトナム大統領官邸です。司令部もあったので、ここに解放軍がやってきて南ベトナムは崩壊、ベトナム戦争は終結しました。
現在休館中でした…。普段は内部も公開されています。

これは中央郵便局です。フランス植民地時代の名建築として残されています。

内部も圧巻です。しばらく欧州文化に触れていなかったので新鮮です。欧州に行っちゃえば結構こんなんばっかしなんですが。

サイゴン大教会です。フランスがキリスト教を布教したようですね。ベトナム人は圧倒的に仏教徒が多いですが。

ベトナムはご存知社会主義国です。が、ドイモイ政策と呼ばれる開放経済政策により街は発展してます。ビルもわらわら建ってます。

社会主義において物資は全て配給制なはずですが、市場はとても活気ついています。未だに配給制が健在な国ってあるのでしょうかね。キューバですらスーパーがありました。
しかしこの市場、コンビニより値段が高いという怪現象を巻き起こしていました。普通逆です。
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アンコール・トム
こんにちは、190cmです。アンコールワットの近郊の町シュムリアップに滞在中、アンコール・トムと言う遺跡にも行きました。
知名度ではアンコール・ワットの方が上ですが、規模ではアンコール・トムの方が大きいです。

と言うのも、アンコール・トムは複数の遺跡からなる大きなフィールドな総称なのに対し、アンコール・ワットは寺院遺跡一つだからです。
この写真はバイヨン寺院と言うアンコール・トムを構成する遺跡群の中最大の見所です。トムと言えば、バイヨンくらいかもしれません。でもこの遺跡単体ではアンコール・ワットの規模には及びません。

アンコール・ワットとバイヨン寺院は同じクメール文明の割りと近い時期に建造された寺院ですが、コンセプトが全く違うそうです。
素人目にも違いが簡単に解るのですが、一番解りやすいのは、バイヨン人には巨大な仏面を四面に備えた塔が乱立しているところでしょうか。

もう一つ、これは建造時の問題ではないのですが、大きな違いとして、バイヨン寺院は建物が全体的に子供の積み木遊びのような状態になっている部分でしょうか。
これは建造物のかなりの部分がカンボジアの旧政権ポル・ポトによって破壊されたのを、資料も何も無い状態から修復しているからかと思われます。

ちょうど、東京大学の調査隊がバルーンに何か機材を積んでバイヨン寺院の空から何かしてました。今までも中東で国士舘大学の調査隊の方や、関西の何処かの大学の調査の方に逢ったりしましたが、日本の大学は海外の遺跡調査で大活躍ですね。
エジプトの遺跡もかなり早稲田隊が活躍してますしね。
いやはあ、日本の最高学府さん達、頑張ってください。
それにしても、東大の調査隊の方々、現地人を多数雇用しているようでしたが、ストレス溜まるだろうなぁ、と遠目から見てました。
考古学、永遠のロマンですねぇ。
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パプーオン

これはバイヨンの隣にあるパプーオン寺院です。名前は隠し子と言う意味らしく、昔シャム(タイ)の王子を預かったカンボジア王室が、何を考えたかそれを殺してしまい、当然報復で戦争になりました。そこでカンボジアは自分の王子を殺されないように匿った寺院だそうです。

補修の真っ最中でした。
カンボジアの苦難の歴史の証人でもあります。破壊された遺跡は。

破壊され放置され、修復しようにも何処のパーツか解らない石の塊が多くの遺跡の周りにおいてありました。一応番号が振られていたりします。巨大なパズルみたいですね。
修復の際には新しくコンクリート等で積みなおしている部分もあります。

かつてはアンコール・トム内で一番高い寺院だったようですが、今はバイヨンの方が高いです。
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王宮、他

パプーオン寺院から崩れかけの門をくぐります。王宮がある空間に出ます。

王宮の遺跡です。全盛期、アンコール朝はインドシナ半島の大部分を勢力下においたほどだったようです。
つわものどもが夢のあと。寺院を作りすぎて国力が衰退したと言う説もあります。

今では王宮の周りで子供が自転車のりまわしてます。

王宮の正面入り口にあたる場所には象のテラスと呼ばれるものがあります。
縁の下の力持ちがここにもいました。

その名の通り、象の彫刻が沢山ありました。

筆者はパプーオン寺院から入っていきましたが、本来は像のテラスからこの門をくぐると王宮です。

門のところに少女がいました。
これは
ポーズをとっている写真です。モデル料稼いでますねぇ。

何処で覚えたのか、モデルっぽい、噴出しそうなポーズを次々と頼んでいないのに連発してくれました。
そしてもう撮らないよー、と見せかけて素顔を激写してみました。

これは木が遺跡から生えている様子です。自然の力は偉大です。
MAYA遺跡なんかは既に木に埋もれるどころか山と化したピラミッドが多数存在するようです。自然は偉大ですね。
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